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日々雑感(2023)



12月26日 レコードについて考えた
宇和にできたジャズ喫茶に 3 週続けて通っています。以前、どこかにも書いたとおり、私の興味はオートバイ、
レコード、山登り、映画のいずれかにマイブームが訪れており、今はレコードというわけ。

2 回目にレコードを持っていってかけてもらったところ、レコードの音質が悪いことが露呈。ジャズのレコードに
ついて次のようなことを教えていただきました。

1. アメリカで録音された LP は輸入盤の方が音が良い。マスターテープを持ってきても国内でプレスする段階で音が
劣ってしまっている。
2. アナログ機器で録音した音源をそのままプレスすることが重要。輸入盤とはいえ、1980年代に出された
デジタル・リマスター盤や近年発売された LP は、工程にデジタルが関与しているため、純粋なアナログとは
いえない。
3. 昔の輸入盤は絶対数が少ないので必然的に値段が高い。

私がもっていった輸入盤は上記の 2. に該当する、ナンチャッテ輸入盤だったため、音はイマイチ。唯一、ほめて
もらえたのは、1950 年代のモノラルの輸入盤でした。

触発されて家で調べたところ、自分の持っているジャズ・レコードの大半は国内盤でした。インターネットで輸入盤を
見たら、1 枚 1 万円以上はざらで、中には 9 万円なんていうものも。

とはいえ、今まで家で聞くぶんには国内盤で満足していたわけで、家のオーディオ・システムではそこまでの差は
目立たないということ。したがって、うちで聞くぶんには、従来どおり国内盤で十分。さらによい音が聞きたくなったら、
そのお店で聞かせてもらえばよい、という考えにいたりました。そりゃ、自分の聞きたい曲が聞けるとはかぎらんけど。

性能のよすぎるオーディオ・システムはそれなりのレコードも必要とするので大変です。

12月26日 バイクのレコード
むかーし、片岡義男が企画したバイクのレコードがありました。コロンビアから発売された「W1ツーリング」、「XS1」、
「単車」の 3 枚です。「バイクのレコード」とは、録音機材をのせたバイクで走行音を録音したり、道端に固定したマイクの
脇を通り過ぎるバイクの通過音を録音したりした LP レコードで、聞こえるのはエンジン音とロード・ノイズだけ。

「W1ツーリング」は学生の頃に買ったものの、家のステレオで聞いても W1 の低音が再現されず、あまり聞いてません
でした。これは今のステレオで聞いても同様。ガッカリしていたところ、もしやと思ってヘッドフォンで聞いたら臨場感が
ありました。ヘルメットをかぶった状態で聞いている音そのものです。

特に臨場感があるのは、アクセルを開けていったときよりも、アクセルをオフにしたときやギアをダウンした
ときのエンジンブレーキの音などです。

若いころは、「何が楽しいんだろう」とこのようなレコードにあまり価値を見出せませんでした。ところが、もはや
体力的にも経済的にも古い大型車に乗れなくなった今、価値を再発見しました。これからはこれですね。

つい、「単車」もあらたに購入してしまい、今後はますます聞く機会が増えそうです。

12月26日 沢田マンション
先日、高知を訪れた際にとった沢田マンションの外観。



沢田マンションというのは、有名建築家が建てたマンションではありません。その真逆で、素人の夫婦が自分たちで
作りあげたマンションです。「セルフビルド」というジャンルの建築に分類されている模様。

今から 20 年位前に沢田マンションに関する書籍が何冊か出て、ちょっとだけブームになった記憶があるので、ご存知の
方もいるかも。折角、高知にいるのでせめて外観だけでもと思って撮った写真。時間がなかったので見学は
できませんでした。屋上の赤いクレーンが怪しい感じ。

帰って「沢田マンションの冒険」(加賀谷哲朗)という本を読んだら、まあすごいこと。とても昭和から平成の時代に
建てられたとは思えない作りっぷりです。

違法建築のため、この建物に注目すること自体、問題視する専門家もいるそう。とはいえ、建築主が大家でもあるため
礼金がないことから、マンション内での引越が多いだの、母子家庭の救いになっているだの、住民には優しい
マンションという一面もあるようです。

図書館に行けば関連書籍があると思うので、人間臭くていい加減なマンションに興味があれば是非。

12月26日 四国自動車博物館
先月、高知に行く機会があったので、南国市にある四国自動車博物館に行ってきました。クルマ好きとして行かないわけ
にはいきません。

もうちょっと規模の小さいものではないかと思いきや、展示車両も展示状態も想像以上に良く、Netzトヨタが運営している
だけのことはあるという印象です。



フェラーリやアルファロメオ、ランチア、フィアット、アバルトなど、イタリア車が多く、ポルシェや BMW などのドイツ車はなく、
あとはイギリス、日本の定番の旧車が置いてありました。



こちらに展示してある車、てっきり Netzトヨタの経営者の方の個人所有物だと思ってました。ところが実態はまったく
異なっており、複数のオーナーさんから借りた車を展示しているとのこと。空気圧の管理やオイル漏れのチェックなど、
簡単なメンテナンスは Netzトヨタでやっているそうで、オーナーさんからすると心強いですね。うまい仕組みだと
感心しました。

希少なアバルトには何となく見覚えがあります。ひょっとすると山梨県の山中湖畔にあるアバルト博物館(現在、休館中)
の所有車かもしれません。

展示してあるバイクの一部でタイヤの空気が抜けていたため、気になって理由を伺ったところ、バルブの不具合で空気が
入らず、そのバルブ自体ももはや見つからないとのこと。旧車あるあるですね。



大分県由布市にある岩下コレクションや、愛媛県大洲市にある水車小屋のような個人ベースの博物館は、それはそれで
味わいがあります。それに対して、こちらのような法人ベースの博物館は、整然と展示されており、違った味わいがあります。

遠いですけど、高知にお越しの際は行くことをお勧めします。

12月26日 またまたクルーズ船
またもやきましたクルーズ船。前回のクルーズ船は偶然見かけましたけど、今回は入港予定を確認して見にきたので
確信犯です。入港したのは「にっぽん丸」。

雑然とした材木置き場から、普段は貨物船が利用している埠頭であることがバレバレ。乗船客の印象はどうでしょうね。



クルーズ船というから小山のように大きいかと思いきや、「にっぽん丸」、意外と小ぶりです。帰って調べたら、クルーズ船
としては小型船だそう。なるほど、だから長浜港に入港できたんですね。コーラル・プリンセスや飛鳥のような大型船では
入港できないのでしょう。

この後、船は神戸に向かって出港していきました。



いずれ、大型船も見てみたいなあ。

11 月 16日 見たことのないスピーカー
こちらは、八幡浜に隣接する西予市卯之町にある「Sound器」。もう何年も前から工事をしていました。何となく、音楽系の
カフェの雰囲気がしていたので気になってたところ、前を通りかかったらオープンしていたので入ってみましたよ。



最初、大きなディスプレイが置いてあると思ったら、何とスピーカー。今まで見たことのない、ホーン型スピーカーです。
奥様が説明してくださるには、ウェスターン・デジタルが 1920 年代に映画館用に作ったスピーカーのレプリカ
だそうです。聞けば、オリジナルもお持ちだそうで、それをもとにご主人が作ったそう。
ちょっと何を言ってるか分からないレベルの、スケールの大きな話です。

音は柔らかな印象で音量をあげてもうるさく感じません。普通のステレオと違い、左右にスピーカーがあるわけじゃ
ありませんけど、1 台でも幅があるせいか奥行も広がりも感じる音がします。



この他にも Honda のハンターカブ 55 が置いてあったり、陶器や、釣り竿、デザイナー・チェアなどが、さりげなく
置いてあったりして、大きなお友だちには堪らない店でした。この日、ご不在のご主人は車もバイクもお好きとのこと。

今度はレコードを持ってこなきゃ。

11 月 16日 瓶が森
頂上付近の笹原がきれいな瓶が森。以前、石鎚山から見て以降ずっと登りたいと思ってました。でも、コースタイム
が長いのが玉に瑕。昨年、トライしたところ、頂上直下でタイムオーバーとなりたどり着かず。

コースタイムが長いのは水平方向だけではなく、垂直方向の移動量も大きいからです。山登りの大変さって、結局、
水平と垂直の掛算でみなきゃいけないことを気にしだしたのは、体力が落ちた 50 代後半になってから。

例えば、石鎚山の場合、登山開始地点(土小屋)の標高が 1495m であるのに対し山頂は 1982m なので標高差は
487m です。これまで登ってきた愛媛の山も大半が標高差は 900m 以下。
ところが、今回登る瓶が森の場合、登山開始地点(東之川)の標高が 548m であるのに対し山頂は 1897m なので
標高差は 1349m もあります。

もう歳だから登れないと諦めていたところ、寝床でひらめきました。ストックを 2 本にすれば行けるかも。というのは、
先日、西赤石山を登った際、高齢の方がストック 2 本でスタスタ歩いているのを思い出したから。昨年と同じ条件では
登れるはずありませんが、飛び道具があれば可能性が高まります。早速、ストックをもう 1 本買いました。

懲りずにやってきました東之川登山口。昨年よりも 30 分早い 7 時に登山開始。



針葉樹林帯をひたすら登るのは昨年と同じ。分かっちゃいるけどやっぱり辛い。一瞬、広葉樹林帯の脇を通るので尾根が
近いと勘違いしちゃうけど、針葉樹林帯はまだまだ続く。
半分を示す標識までようやくきました。昨年に比べて 30 分も速い。おお、ストックの威力は凄いゼ。



2 時間 45 分でようやく尾根にでて、木々の向こうに石鎚山が見えるようになりました。この頃にはストックの威力も消え、
足取りが重くなってます。



樹林帯を抜けて笹原に出たのが 10:40。



昨年はこの標識で引き返しました。ここからは初めての道。山頂は見えるけど、まだ遠い。





歩くこと 4 時間 20 分。念願の瓶が森山頂に到着です。正面に見えるのが西日本最高峰の石鎚山。眼下に見えるのが
瓶が森の特徴である「氷見二千石原」。2 年越しの挑戦だったので達成感はひとしお。





のんびりしたいのは山々ですけど、そろそろ下山しないと安全に戻れません。瓶が森の山頂は男山と女山の 2 つの
ピークがあり、私が登ったのは女山。男山を巡って一周するとさらに 2km 歩かなければならないため、パス。
きた道をさっさと下ります。笹原を抜けたら、あとはひたすら下るだけ。

帰りは転ばぬよう、膝に痛みがでないよう、地面を見ながら左右のストックを繰り出していきます。まるで、突く先を誤ると
転倒しちゃうスキーのよう。4 時間近く歩いてようやくふもとに着きました。

今回は、@昨年よりも登山開始が 30 分早く、Aストックを 2 本にしたのが登れた理由だと思ってました。でも、帰って、
昨年のデータと比べたところ、昨年よりも上りが早いと思ったのは勘違いで、山頂直下までの時間はほぼ同じでした。

要するに、@に加え、今年は何が何でも登りたいという気持ちが強かったから登れたというわけ。Aが理由じゃ
なかったってことです。結局、ガッツの問題かよ!

11 月 16日 売れてます
秋田県知事の「貧乏くさい」発言により耳目を集めた愛媛のじゃこ天、売れてるそうです。しかも、オンライン購入の多くは
秋田からとのこと。なかには、「県知事がごめんなさい」というメッセージを連絡欄に記入したり、手紙を送ってくる方も
いるそう。秋田の人、まじめだなあ。
NHK の夕方の番組で取材された宇和島のカマボコ店の人、売れて売れて笑いが止まらないようでしたよ。

私も岩手の知り合いが食べたいというので八幡浜の八水蒲鉾で買い求めた際、お店の人に尋ねたら、
「おかげ様で売れてます」だって。

愛媛県民は秋田県知事に感謝しなきゃ!?

11 月 16日 西赤石山
2015 年から始めた愛媛の山登り。八幡浜に近い南予、中予と 20 回以上山行を重ねてきた結果、登っていない山は
家とは反対側の愛媛県東側に移ってきました。さし当り次の目標は西赤石山と東赤石山。天気と仕事の都合を
にらみながら西赤石山に行ってきました。

登山道の入口が新居浜から約 1 時間とのことで、朝、家から行くと 3 時間近くかかるため、近くの西条市に前泊する
ことにしました。歳ですねー。

翌朝は、6 時前にホテルを出て、登山口には 7 時過ぎに到着。気温は 5 度くらい。西赤石山は別子銅山に隣接している
ため、登山口から 2 時間ほどは別子銅山で使われていた道を登り、銅山越という峠から尾根伝いに山頂に向かう
コースです。



歩き始めると早速、接待所跡がでてきます。何でも、要人が銅山の視察に訪れた際に宿泊した場所とのこと。





ここからは銅山の作業場やら、働いていた人たちの集落やら学校、集会所、坑道入口などが次々に現れます。
その一つ一つに住友グループによる詳しい説明板が用意されており、産業遺産のテーマパークのよう。きっと、
住友グループの新入社員は研修で歩かされるんじゃないかなあ。

約 2 時間かかってようやく峠に到着。東洋のマチュピチュといわれる東平(とうなる)地区に下る道と西赤石山に
上る道に分岐します。



ここからは小ピークを上り下りしながら山頂を目指します。岩場が二、三カ所あるものの、鎖がなくても登れる程度のもの。
あそこを登れば山頂のはず。出発から 3 時間 20 分で到着。



山頂から西に見えるのは沓掛山と笹が峰、その間に見えるのが瓶が森、一番奥が石鎚山です。雲一つない登山日和。
北に目を転じれば新居浜が一望にできます。



天気がいいので、山頂でおしゃべりしてたら 1 時間が経過。やっぱり、時間に余裕があると、のんびりできていいなあ。
後は景色を堪能しながら下山しましたとさ。



11 月 16日 ちゃんぽんと言えば

長崎ですよね。でもね、「ちゃんぽん」をうたっている食べ物は長崎だけじゃございません。日本各地にあります。
その一つが愛媛県八幡浜。

味は本家・長崎のものとは異なり、よそものの私には微妙な味。しかし、地元の人にとってはソウル・フードであり、
お盆などには帰省客でちゃんぽん店の前に行列ができるほど。

そんな八幡浜ちゃんぽん、カップ麺になっており、東京のスーパーで見たという情報もあります。カップ麺は
おいしかったので、見かけたらお試しあれ。



11 月 16日 2023ラグビー・ワールドカップ終了
ワールドカップ終わっちゃいましたね。日本の戦績は次のとおり。

9/10 日本-チリ     : 42-12
9/18 日本-イングランド: 12-34
9/28 日本-サモア   : 28-22
10/8 日本-アルゼンチン: 27-39

日本はアルゼンチンに敗れ、残念ながら予選リーグ敗退。ハーフタイムまではよかったのですが、後半は実力の差が
出た印象。2015、2019 と右肩上がりに結果を残してきたジャパンも今回は足踏みです。今回の結果は、ランキング
上位のイングランド、アルゼンチンには負けて、ランキングがほぼ同じかそれ以下のサモア、チリに勝つという、順当な
結果でした。

2019 大会で日本の強さが本物であることが示されたため、対戦国も日本を研究しています。なので、ここから更に
上に行くには並大抵のことじゃありません。

決勝トーナメントは、好カードが続いて楽しかったですね。これほど接戦の好カードが続いた大会はちょっと記憶に
ありません。

特に準決勝のイングランド vs 南アフリカは今まで見たことのない展開で驚きました。イングランドは、昔から
アップ・アンド・アンダーというハイパントをあげて相手のミスを突くという単純な戦法が得意です。ボールを展開して
グランドを広く使うという世界の潮流とは正反対の戦法で今大会を勝ち上がり、この試合も後半に入るまでは
南アフリカに勝機はないだろうという流れでした。
ところが南アフリカは、選手交代でスクラムで有利にたつと、反則のたびにスクラムを選択して、相手のミスを誘い、
最後はペナルティ・ゴールで 16-15 で勝ったのです。今までに例のない勝ち方でした。

そして、その南アフリカがニュージーランドと闘った決勝戦も 12-11 の 1 点差でした。ニュージーランドは
前半早々にキャプテンが危険なタックルにより退場になりました。この時点で大味な試合になると思ったら大間違い。
14人のニュージーランドは果敢に攻め、守り続け、後半になって南アフリカの 2 人の選手が 10 分間退場になると
条件がほぼ同じになり、どちらが勝ってもおかしくない試合でした。

今回は、大会前から危険なタックルに対するペナルティ厳格化による影響が懸念されていました。まさにそれが
決勝戦でも現実のものとなったという点で、今回の大会を象徴する決勝戦でした。

それにしても、南アフリカもニュージーランドも凄かった。あの試合を見ると、日本代表が優勝という言葉を使うのは
まだまだ早い気がします。

次回はオーストラリア大会、どんな大会になるか楽しみです。


9 月 24 日 クルーズ船
家からクルマで40分の愛媛県大洲市長浜を通りかかったところ、普段は貨物船か漁船しかいない港に見慣れない船が
いました。



調べたら、National Geographic Resolution というクルーズ船。今朝入港し、夕方には出港した模様。

この船、世界的に有名なナショナルジオグラフィックというアメリカの雑誌名を冠したクルーズ船で、極地にも行ける
耐氷性能を備えているそうです。独特な船首の形はそのためでしょう。

今回のツアーではありませんけど、別のツアーは新潟から金沢、松江、萩、韓国、長崎、鹿児島、屋久島、宇和島、広島、
倉敷、高松、岡山、神戸を巡る 15 日間で費用が 26,670 ドル、日本円で約 396 万円!

乗ることは一生ないだろうけど、珍しい船を見られてよかった。

9 月 24 日 映画「ロスト・キング
500年以上にわたり行方不明だった国王の遺骨を、職場でも家庭でも正しく評価されていないと悩む主婦が探すお話。
自分は正しく評価されていないという感情だったり、女性だからという理由での差別だったり、素人だからという理由での
差別だったり、自分の功績を他人から横取りされたりといったことは洋を問わず同じだということが分かります。

人間の機微というんでしょうか、ああその気持ちわかるなあというのを描くのがイギリス映画は上手。ハリウッド映画では
めったにお目にかかれません。ついでに言うと、笑いのツボも同様。おかしさを感じる箇所も日本人と似ているように
感じます。イギリスも日本も島国だから?

イギリスの歴史や地理が分かればもっと面白いのだろうけど、分からなくても十分面白い。強くはお勧めしませんが、
ちょっと映画を見たいんだけど何かないかなあという方にお勧め。9/22 から全国一斉ロードショー。あと 2 週間は
上映されているでしょう。

こういう、ちょっといい小作品って、すぐに上映終了しちゃうんだよなあ。

9 月 24 日 「天路の旅人」、沢木耕太郎
ひさびさに楽しい読書。565ページもある単行本。20 代の頃、発売直後の「深夜特急」(沢木耕太郎)をワクワクしながら
読んだことをおもいだしました。

主人公は、第二次大戦末期に中国の奥地からさらに奥に潜入した日本人の密偵、西川一三(かずみ)。蒙古人巡礼僧に
なりすまして、戦後になってもチベットからさらにその先のインドまで旅したというはなし。このスケールの大きさに比例
するかのように、沢木耕太郎が西川一三に出会ってから25年、執筆開始から完成まで8年というのも息の長いはなし。
西川自身が「秘境西域八年の潜行」という本を書いていますけれど、おそらくそれを読んでもこれほどはひきこまれ
なかったでしょう。ノンフィクション作家沢木耕太郎の面目躍如。

些細なことながら自分が魅かれたのは、戦後、西川が岩手県盛岡市で商店主として地道に暮らしていたこと、および
その西川を沢木が定期的に訪れ、話を聞いたくだり。いつも、北上川にかかる開運橋近くのホテルの居酒屋で話を聞いて
いたというけど、むかーし、自分が行ったことのある店じゃないのかなあ。

戦争とか密偵という言葉からはエネルギッシュな人を連想しますけど、西川は西に進むにつれて俗世から離れ、
小さなところに幸福を見出すようになります。それが帰国後の盛岡での生活につながったように読めました。

沢木耕太郎ファン、紀行文が好きな人にお勧めです。

9 月 24 日 「西南シルクロードは密林に消える」、高野秀行
「天路の旅人」に関連してご紹介したいのがこちら。507ページの文庫本。「天路の旅人」に勝るとも劣らないビックリ仰天本
です。何せ「天路の〜」の主人公・西川は戦争という時代背景の中、日本のためにという大義から密偵となったのに対し、
高野秀行は西南シルクロードを踏破するという個人的思いつきから、2002 年に中国からミャンマーをへて、インドまで
旅します。

「天路の〜」の方は意外なことに危険な目にはそれほど遭いません。ところが高野秀行は中国から他国に不法入国したり、
ミャンマーのゲリラ支配地区を通過したりするので、まあ危険なこと。よく無事に戻ってこられたなあと感心しきり。

高野秀行の本はタイトルが軽佻浮薄の印象を与えるせいか、軽んじられている気がします。だがしかーし、「誰も行かない
ところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」というモットーをこれほど徹底している人は少なく、自身の
腰痛体験でさえエンタメ・ノンフィクションにしちゃうかと思えば、納豆の起源を追った納豆シリーズでは学者顔負けの
発想力と行動力を発揮します。おまけに編集者にしごかれているので、文もうまいし読みやすい。

一見、さえないオジサンですけど、「西南シルクロード〜」の際は、ビルマ語、カチン語、中国語、英語を話していたよう。
ちなみに前述の「天路の〜」の西川一三はチベット語、蒙古語、ウルドゥー語、ヒンドゥー語、中国語、英語を話していた
というから、ここらあたりが辺境から無事に帰還する秘訣なのかもしれません。

バカバカしくも破天荒な紀行文が好きな方にお勧めです。

9 月 24 日 また故障
バイクがまた壊れました。天気がいいので乗ろうかなとエンジンかけたところ、暖気中にエンスト。それからはいくらセルを
回しても爆発する気配なし。ここ、2、3 年の経験からすると、こうなったらもうかかりません。

バイク屋さんに連絡して、バイクを持って行ってもらってからはや一か月。圧縮が低すぎるので、エンジン・ヘッドを
ばらしますとの一報があって以来、何の連絡もありません。
まずいですねえ。2021 年は CDIとパルス・ジェネレーターが故障。2022 年は圧縮漏れと故障続きです。車齢から壊れる
のは覚悟の上として、問題なのは、修理の順番が回ってこないこと。何だか八幡浜で皮膚科にかかるのと同じ状況です。

現在、八幡浜市に皮膚科専門の病院はありません。市立病院などに皮膚科はありますけど、診察してくれるのは
週二日程度。そのため、混雑しており、急な理由でかかろうと思ってもすぐには診てもらえません。じゃあ、近隣の市なら
いいんじゃないかと思って、大洲、西予市の皮膚科に行くと、こちらは受付の前ですでに混雑している状況。

バイク屋も似たようなものです。八幡浜にバイク屋は 3 軒ありましたけど、最近、1 軒が閉店したもよう。大洲も 2 軒
ありましたけど、1 軒が閉店。もともと、旧車の修理・レストアや外車の修理を引き受けるようなバイク屋は、私がお世話に
なっている八幡浜のお店くらいなので、どう見ても需要に対して供給が少ないように見えます。そんな店に、パンク
しただの、オイル交換だの、スクーターやカブも日常的に入ってきますので、ウチのような旧車のエンジン・ヘッドを
ばらすなんて作業は後回しにされちゃうのが現実。

都市部では未だにバイク屋が新たに開店しているのとは対照的に、田舎ではバイク屋も過疎化しています。
旧車にこだわっていると、ほんとにバイクに乗れなくなっちゃうかも。

9 月 24 日 ラグビー・ワールドカップ
いよいよ始まりましたよワールドカップ、フランス大会。2019 年の日本大会の際は、松山でパブリック・ビューイングに
参加しただけでなく、大分までイングランド vs オーストラリア戦を見に行っちゃったアタクシ。じっとしていることができず
また行っちゃいました。フランス?馬鹿いっちゃいけない。日本国内某所で開催された日本 vs チリの
パブリック・ビューイングです。



昔から一緒にラグビー観戦していてる人と見るのが一番ということでカミさんと、友人の K村と 3 人で観戦。これが本当の
試合だったらぎっしり満員になったでしょうけど、さすがにパブリック・ビューイングだとこんな感じ。でも、ラグビー好きな
人だけが集まったいい雰囲気。



開幕までのテストマッチでは一勝しかできなかった日本代表。格下とはいえ、チリ相手に苦戦したらどうしようと不安が
あったものの、終わってみれば 42-12 で快勝。 6 トライをあげてボーナス・ポイントも獲得。上々の滑り出しです。

8 月 30 日 ローマの休日
映画「ローマの休日」の製作70周年を記念して、4K でレストアされたものが上映されています。大学生の息子も見たい
というので家族で見に行ってきました。

私が子どもの頃、日曜洋画劇場などで何回か見たことがありますが、劇場で見るのは初めて。ストーリーも適度に忘れて
おり、ハラハラドキドキ。毎度のことながら、以前見た映画でも、記憶が曖昧だと何度でも楽しむことができます。
ビバ、老化。

オードリー・ヘプバーンの美しさは 2023 年でも健在で、大学生の息子にも通用しました。また、グレゴリー・ペックの
かっこよさや、粋なセリフにやられてました。70 年前の作品なので映像技術は現在よりも劣るのは明白ながら、
俳優さんの目ぢからというか表情の演技がすばらしく、息子には新鮮に映ったようです。そういえば、最近の映画では
あまり見なくなったかもしれません。

映画の技術や俳優の演技、世相は変わっても、この映画を見て楽しめるということは、人間の機微が 70 年たった今でも
変わっていないことを示しているように思います。新聞記者をクルマに残して王女が宮殿に帰る際のシーンやセリフ、
新聞記者が王女に恋をしたあまり大スクープのチャンスをふいにしようとしていることを察したカメラマンの表情やセリフ、
ラストの宮殿での記者会見における王女と新聞記者、カメラマンとのセリフのやりとりなど、お互いの気もちが痛いほど
伝わってきます。

見終わったあと、家族 3 人でワチャワチャと感想を言い合っていたところ、ポリティカル・コレクトネスに関する息子の
意見が意外でした。曰く、美男美女の映画っていいね。どうやら、最近の映画ではポリコレに過剰に反応しているらしく、
イマイチの男女同士のキスシーンを見せられて辟易したことがあったようです。そこにいくと、「ローマの休日」は
美男美女同士ですからね。

見るのも楽しいけど、終わった後に話すのも映画の楽しみです。


8 月 30 日 佐田岬
今年の夏は子どもの帰省期間が短く、家内の実家の手伝い期間と重なったこともあり、遠くに行けません。しかたが
ないので、近場で観光。佐田岬半島の先端、佐田岬まで行くことにしました。

岬先端の駐車場から見ると、こんな感じ。豊後水道をはさんだ対岸はもう九州です。



駐車場から先端の灯台まで、20分ほど歩きます。



こちらは瀬戸内海側。この日は潮の加減なのか陽の光の加減なのかわかりませんが、雲が海面に反射していいカンジ。



遊歩道を上り下りしてようやく佐田岬灯台に到着。16時をすぎてもこの陽ざし。既に衣服は汗でびっしょり。


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ここは豊後水道に面していることから、昭和20年に本土決戦に備えて砲台が設けられました。幸か不幸か実際には使われる
ことなく終戦を迎え、今では戦争遺産として往時をしのばせてくれます。



近場ではありましたが、旅行気分を楽しむことができました。

8 月 30 日 五類移行
今年の夏はコロナが五類に移行して最初の夏です。ニュースで伝えられているとおり、人の行き来は増え、お祭りなどの
イベントも復活しています。

7 月には、大学の後輩が四国旅行のついでに松山に寄ってくれました。また、8 月に入ってからは高校の友人が今治出張
のついでということで松山に寄ってくれ、カミさんの知人がこれまた出張のついでということで八幡浜に寄ってくれました。
9 月にはカミさんの大学時代の友人が家族旅行で松山に来るそうです。これほど知り合いが愛媛に来てくれるのは、
愛媛に移転した 2015 年以来かも。ありがたいことです。

かくいう八幡浜でもお盆の花火大会は、屋台が沢山でて盛況でした。





「皿の上の雲」というかき氷やさん、センスいいですね。愛媛の人にとって、司馬遼太郎の「坂の上の雲」はおなじみの
小説だからです。

おじさん、おばさんも調子にのって三津浜焼きというお好み焼きを買い食いしちゃったりして。このまま、コロナのリバウンド
がないといいなあ。

8 月 30 日 お盆
お盆になるとペルセウス流星群がやってきます。初めて流れ星を見たのは、岩手県田野畑村でのこと。40 年ほど前の
同じ頃です。

2 年前、愛媛と高知の県境にある大野ヶ原に行き、美しい天の川をみました。大野ヶ原でペルセウス流星群をみたら
どうだろうとスケベ心を出していったところ、流星はほとんど見ることができませんでした。そのかわりに見たのは人の波。

こちらに見えるのはキャンプ場に集う人々のあかりです。



2 年前に行ったのは 8 月末のこと。その当時はキャンプ場はなく、人もクルマもほとんどいませんでした。ところが、今回、
大野ヶ原に上ってみたら、おびただしい灯りの数。「キャンドル・ナイトかよ」と思わずツッコミたくなるほどの、人、テント、
灯り、クルマの数です。

人が多いのに加え、移動するクルマの数が多いのにも驚きました。星を撮影しようと、15秒間開放できるシャッター・スピード
で写真を撮っていたところ、次から次へとクルマがとおるので、気が気じゃありません。

昨今のキャンプ・ブームのせいなのか、それとも、もともとお盆の時期の大野ヶ原はこういうものかわかりません。
前者の気がします。

次回は時期をずらしてくることにしましょう。


8 月 30 日 映画二題
少し前に見た映画です。

一本目は、「テノール!人生はハーモニー」。
少し前に「ギフテッド」に書いたとおり、最近、オペラ「魔法の笛」を見たことや、フランスで暴動が起きているといったニュース
を見たこともあり、タイムリーな映画でした。フランスはアフリカに植民地を多くもっていたことから、アフリカ系移民が多く
暮らしています。その移民の家庭に生まれた少年が交通検問中の警官に銃で撃たれて死亡したというのが暴動の原因。

それと似たような境遇のラッパーの青年がひょんなことからクラシックの歌手としての才能を見いだされ…というのが映画の
ストーリーです。移民やそれに伴う差別のはなしはアメリカ映画では沢山見ていますが、フランスの事情はよく知りません
でした。移民の子たちが団地に多く住んでいることや、警官から先入観をもって扱われていることなどがストーリーから
分かりました。

おおむね、想定したとおりのシンデレラ・ストーリーではあるものの、団地の仲間との友情や諍いはウェストサイド・ストーリー
を彷彿とさせることもあり、クライマックスでは自分でも驚くほど感情をゆさぶられました。

二本目は、「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」。
2008 年に公開された第 4 作目の「インディ・ジョーンズ クリスタルスカルの王国」が最後だと思っていたのに、まさか
2023 年にインディ・ジョーンズの第 5 作目が見られるとは夢にも思いませんでした。見に行かないわけにはいきません。

冒頭のアクション・シーン、若い頃のインディ・ジョーンズが大立ち回りを演じるシーンからエンジン全開です。80 代の
ハリソン・フォードにできる動きではないのに、どうみてもハリソン・フォードが演じているようにしかみえません。どのような
技術なのか分かりませんけど、すごいことです。

ジョン・ウィリアム作曲のインディ・ジョーンズのテーマが高らかに響き、随所にインディ・ジョーンズならではの小道具が
登場し、作る方も好きなんだろうなあと思わせてくれます。

ストーリーの後半になると、荒唐無稽という言葉がぴったりの展開です。でもね、これまでも、ちょっとずつそういうシーンが
あり、前作の「クリスタルスカルの王国」にいたっては宇宙人が関わってくるなど、SF チックな印象がありました。でも、
さすがに今回は行きつくところまで行きついた感があります。ネタバレになるのでこれ以上は説明しませんけど、
見たら驚くこと請け合いです。

第一作の「レイダース 失われたアーク」を見たのは 20 代の前半、そんな私も今や 61 歳。40 年にまたがる作品の最終作
にふさわしいスケールの大きなストーリーで、インディ・ジョーンズを満喫しました。

それにしてもあんなにエンドロールの長い映画は初めてかも。どうやら、冒頭のアクション・シーン、CG を駆使して、
ハリソン・フォードの顔のしわなどを消していったらしく、コンピューター処理に関わった人の数が半端じゃありません。
数えたわけじゃありませんけど、スタッフの総数は何百という単位ではなく、何千という単位に見えました。

昨年は、60 歳近くのトム・クルーズが「トップガン」をリメイクしたばかり。80 代のハリソン・フォードでもインディ・ジョーンズ
が成立したのなら、俺もとトム・クルーズが思ったらどうしましょうと考えていたら、既にそういう発言をしたようです。

80 代のピート・ミッチェル大佐の「トップガン」、見たいかなあ。

8 月 30 日 一泊二日盛岡の旅
7 月末のことですが、またまた岩手県に行ってきました。学生時代からお世話になっている吉塚さんちの慶事のためです。

何とか日帰りできないかと、空路で東京まで行き新幹線で盛岡入りする案や、空路で花巻空港まで行く案など考えた
ものの、どうやっても無理なことが判明。前泊して、披露宴が終わったその日のうちに帰ることにしました。





折角行くんだったら、もっとゆっくりすればいいじゃないと思うでしょ。でもね、披露宴となると礼服、革靴になるので、
寄り道しづらいんですよね。

往路は、松山空港から徳島県の太平洋岸、紀伊水道を経て、関西国際空港や古墳群を眺めつつ大阪伊丹空港。
そこで乗り継ぎ、今度は福井、能登半島(石川)、富山、新潟と日本海側を経て、佐渡島を見ながら東に転じて福島を
横断したのち、仙台空港。そこから新幹線で盛岡。

復路は、花巻空港から鳥海山あたりを経て日本海側を南下、舞鶴あたりから降下して大阪伊丹空港。伊丹空港から
松山空港は夜間のため、航路不明。



日本海側を通る航路は初めてだったので、地理の勉強をしているようでした。機長のアナウンスによると、積乱雲が
発生しているため、内陸の航路を避けて海沿いの航路を飛行したとのこと。なるほど、見慣れない景色はそれが理由
だったんですね。

今年の大移動はこれでおしまい。

7 月 4 日 東北旅行
5月のことになりますが、東北に行ってきました。最後に東北に行ったのは、息子の受験の際ですから 2021 年のこと。
それ以来、コロナ禍のため行くことができず、ようやく行くことができました。

もともとのきっかけは、親戚が盛岡に転勤になり、遊びに来いと言われていたから。盛岡は、ニューヨーク・タイムズで
2023 年に訪問したい都市の 2 番目に選ばれており、ホットな場所です。盛岡に行くなら、息子もつれていくか、どうせ
盛岡まで行くなら田野畑村まで足を延ばそう、田野畑村まで行ったらあの人にもこの人にもあいたいと、考えていたら
行きたい場所が増えちゃいました。

仙台空港に降り立ち、クルマを借りてから、まずは一関のジャズ喫茶「ベイシー」に突撃。コロナ禍での休業からもう再開
しているかと思いきや、まだ休業中でした。残念。でも、機器を維持するために音は鳴らしてましたので、ヤル気は
感じられます。



お次は盛岡。盛岡は駅に近い方から北上川、中津川と 2 本の川が市内を流れています。今回は中津川の向こう側を
中心に回りました。駅から中津川までが比較的新しい街だとすると、川の向こうは旧市街です。古い町並みが
残っていました。

こちらが中津川。県庁所在地を流れているのに、冬には鮭が遡上するというから驚きます。



八幡浜に来てから古い建物に魅かれたこともあり、そういう目で見た盛岡の旧市街は新鮮でした。そこかしこに古い建物が
あり、飽きません。しかも一か所に集中するわけでなく、適度に散在しているため、歩きや自転車で回るには最適です。
ニューヨーク・タイムズは、歩いて回れるコンパクトさを評価していたようですけど、旧市街を念頭において評価しているとしたら
大したもの。







盛岡の次は、田野畑村。目的地は、吉塚公雄さんの牧場。草を食べている牛を見ていると飽きません。吉塚さんと
お知り合いになってから 40 年近くがたちました。時がたつのは早いものです。



そして最後は、宮古の浄土ヶ浜パークホテル。こちらは将棋ファンのカミさんのたっての希望。近日中に行われる
叡王戦の会場を見たいとのことで、予定にはありませんでしたけど、急遽、訪問。カミさんを泊めてあげられたら
よいのですが、私たちが泊まれるようなところじゃありません。ロビーまで入って退散。



後は、ひたすら仙台まで走り、帰途につきましたとさ。


6 月 25 日 四万十川

先日、国道381号を使って愛媛県松野町から高知県四万十町まで四万十川沿いに走る機会がありました。上り下りの
ほとんどない平坦な道で走りやすいのですが、一つだけ問題が。

通常、川沿いに海に向かって走ると上流から下流に向かうイメージです。ところが、四万十川でも江川崎から窪川あたり
までの国道381号は違うんですね。海に向かっているのに、上流に向かって走ることになります。何が問題かっていうと、
頭が混乱すること。

頭の中では川は海に向かって流れるものという意識があります。そして、自分は下流に向かっているはずなのに、
白波の立ち方は川の流れが逆であることを示しているため、頭が混乱するのです。

地図を見ると、四万十川は激しく蛇行しており、海に近い窪川あたりから山の中を大回りして、最終的に太平洋に注いで
いることが分かります。したがって、窪川から江川崎あたりまでは、川が海の方から山奥の方に向かっているところなので、
理屈は合っています。しかし、走っているときの違和感といったらありません。頭がバグるとはこのことでしょうか。

四万十川といえば沈下橋が有名。アレレと思いながらも走っていると、沈下橋が次々とあらわれます。流域にある
橋の数は 48 だそうで、確かに多い。

すべての沈下橋で写真をとっていると先に進めないため、とったのは一部ですけど、こんな様子。





新しい橋が併設されている箇所よりも、併設されていない箇所の方が多いため、地元の方が依然として使っていたりします。





四万十川ドライブ、他の川では見られない橋が次々にあらわれて飽きませんでした。

6 月 25 日 ギフテッド
先日は、市民文化センターで「オペラ鑑賞講座」。地元出身のオペラ歌手、宮本益光さんが 7月にモーツァルトの「魔笛」を
八幡浜で上演するのに伴い、その前説としてオペラとは何ぞやを、不慣れな私たちに説明してくれる会です。



その中で、オペラ歌手の音域を体感しましょうということで、夜の女王のアリアの一節を聴衆も「アー」という音だけで歌うことに。



YouTube の 35秒のあたりを聞けばわかるとおり、とても人間技とは思えない音域です。まわりの席からは、絞め殺される
ニワトリのような、おばちゃん達の苦しげな声が聞こえてきます。

宮本さんの「一番高い音まで歌えた人は?」の問いかけに応えてステージにあがった女子中学生、促されるままに歌った
ところ、ほぼ完全に最高域まで出すことができました。

会場はこの日一番の拍手。聴衆の気もちとしては「凄いなあ」もあるけど、一番しっくりくるのは「良かったね」かな。歌の
好きな子が物おじせずにステージにあがり、その才能をプロの前で披露する瞬間を目の当たりにできたから。
その子にとって、これが人生の契機となるのか、一生の思い出で終わるのかは分かりませんけど、自信になったことは
間違いないでしょう。


5 月 11 日 東京競馬場の花火
FMラジオを聞きながらクルマを運転していたところ、パーソナリティが府中の東京競馬場の花火大会のことを
説明してました。「今年は 7 月 5 日に開催されます。チケットの申し込みは…」。思わずカミさんと「チケットぉ?」と同時に
声をあげてしまいました。

東京競馬場の花火、懐かしい。子どもが幼稚園から小学生の頃は毎年、楽しみにしてました。今から 10 年以上前の
ことです。東京競馬場の持ち主である JRA が地元サービスの一環として、毎年 7 月頃に無料で楽しめる花火大会を
開催していたのです。時間は 30 分と少し短いものの迫力は必要十分でした。



地元サービスという主旨から、府中市の市報に開催日が掲載される程度で、大々的な告知や宣伝はありません。
したがって、集まってくるのは近隣の方が中心。私たちは府中市に隣接する小金井市の住民でしたけど、ご相伴に
あずかって楽しませていただきました。

多摩地区で花火というと、調布や立川の花火が有名。でも、東京のことですから、花火会場に行くまでに駅から人込みの
中を長時間歩かねばならず、小さな子どもを連れていくのは躊躇してました。そこに行くと、府中の花火は自転車で
行けますし、会場周辺こそ混むものの、さっと行って、さっと帰るにはうってつけ。

その花火大会が有料になっているということにまずビックリ。しかも、市民向けの割引席はあるものの先着 300 名の
枠しかないことに二度ビックリ。そして、チケットが高額なことに三度ビックリ。どうやら、コロナ禍で中止になっていた
花火は 2022 年に復活。そのときから、音楽を絡めた有料イベントに変わってしまったようなのです。ちなみに、今年は
ユーミンのデビュー 50 周年ということで、ユーミンの楽曲に合わせて花火が打ち上げられるそう。ユーミンが歌う
わけじゃありませんよ。

一番安いチケットが \6,600、府中市民の割引席が \4,500 となってますから、よその市に住んでいる 3 人家族だと
\2 万円近くかかる計算です。お子さんのいる家でも、考えちゃいますよね。それとも、東京にお住まいの
方には納得のいく金額なのかなあ。

小金井市や隣接する府中市には公園や緑が多く、子育てには最適でした。でも、以前は気軽に見ることのできた花火が、
今では有料イベントになっちゃうんですね。東京での子育てはますます大変になっているようです。

5 月 11 日 八面山
春になるとタケノコを毎週見回らないといけないので忙しくなります。そんな中、好天の日を狙って八面山(1165m)に
登ってきました。昨年も同じ頃に登った高月山、秋に登った尻割山と同じ鬼が城山系に属する山です。

アクセスする箇所は何か所かありますけど、どこから登っても遠いので、一番近い滑床コースを選択。それでも、出発点
から沢沿いを 2 時間、そこから 1 時間登って尾根に出て、さらに 30 分歩かないと山頂に着かない計算です。

滑床の万年橋を 7 時 50 分に出発。ゴールデン・ウィークのせいかキャンプをしている方が多少います。でも朝が早い
せいか、遊歩道に人影はありません。雪輪の滝までは昨年の冬にきたことがありますけど、そこから先にいくのは
7 年ぶり。雪輪の滝までは観光客がくるせいか整備されている雰囲気を感じます。そこからは登山道の雰囲気が
濃くなって、道をふさいでいる倒木があったり、渡渉する箇所があったり。



特に一枚岩の沢を横切る渡渉は、知らない人から見たら素敵な印象を受けるかもしれません。でも、実際に渡ると
なったら怖いこと、怖いこと。何せ、置いた足に少しでも力をかけると滑ってしまう岩の上を横切るんですから。
いったん、転倒したら、何メートルくらい滑り落ちるのやら。そんな渡渉箇所が何か所もあります。ロープがはって
あるので渡れますけど、なかったら途方にくれちゃいます。



おまけに倒木も、またげるくらいならかわいいもの。下をくぐるものやら、登山道から離れて少し山側に迂回しなければ
ならないものがあり、神経と体力を使います。這うようにしてくぐり、勢いよく立ち上がったところ、死角にあった倒木に
頭をぶつけてイテテなんてこともあります。

そんな沢沿いの道を歩くこと 2 時間。ようやく奥千畳に到着。ここから本格的な上りです。7 年前に下ったルートを
今回は上ります。ここ 2、3 年で登ってきた山に比べると傾斜はさほどきつくありません。1 時間も歩けば尾根に出る
でしょう。あれあれ、稜線に近づいている気配はあるのに、なかなか尾根にでません。コース・タイムより少し余計に
かかって、ようやく熊のコルに到着。



ここから快適な尾根歩きをすれば、目的地の八面山に着くはず。ここまで上ってきてようやくシャクナゲに出会います。
昨年登った高月山はシャクナゲが沢山咲いていました。この辺りはそれほどでもないようです。



出発地点からここまで登山者には出会わなかったのに、尾根にでてからはすれ違う登山者が増えました。皆さん、クルマで
スーパー林道を上がってきて、鹿のコルや猪のコルから歩いて来たもよう。クルマで高いところまで上れるせいか高齢の方が
多く、革の登山靴を履いている方も 2 名いました。若い方の多い石鎚山系では革の登山靴はなかなかお目にかかれません。

八面山の手前にある無名ピークに、コースを外れて登ろうとするミスがありましたが、熊のコルから約 40 分で八面山に
到着。出発から 3 時間 50 分かかりました。



少し暑い中、カップうどんとおにぎりの昼食です。ガイドブックによると、八面山は山頂からの景色がよいことになっています。
でも、木が茂ってきたせいか、見晴らしがききません。ネットで見た情報では次の大久保山も見晴らしがよいとありました。
もう 12 時を過ぎており、復路も 4 時間近くかかることを考えると前進するのは考えもの。でも、この景色には納得
いかないので、えーい、前進。

歩くこと 13 分で大久保山(1152m)に到着。近くて助かった。こちらは八面山とは異なり、視界が 270度ほど開けており、
宇和海が一望できます。目を横や後ろに向けると、これまで登ったことのある権現山、高月山、三本杭も一望できます。
ここまできた甲斐がありました。





ほぼ同年輩の登山者がいたので、周辺のコースについて教えてもらいます。往きと同じコースを引き返せば、面白みは
ありませんけどリスクもありません。ここから前進して梅が成峠までいき、そこから奥千畳に降りれば、かねてから
行きたいと思っていた周回コースを達成することになります。ここまで来ることはそうそうないので、行きたいのは
やまやま。

先ほどよりも長く考えた結果、来た道を引き返すことにします。ここから梅が成峠までと、峠から奥千畳までのコースは
行ったことがなく、迷う可能性があるから。実際、昨年、梅が成峠付近を下見した際も、分かりにくい印象を受けました。
この時間から初めてのコースを行くのはリスクしかありません。若い頃なら行っちゃったのになあ。こういうところに
年齢を感じます。

そうとなったら、さっさと引き返すのみ。復路は八面山を迂回するルートを選び、ひたすら引き返します。



奥千畳まで降りても、そこから先は神経を使う箇所が沢山あることを知っているので休憩することなく、ひたすら
歩きます。奥千畳からの 2 時間は長かった〜。結局、出発地点に戻ったのは 16 時でした。

無事に戻れたのは良かったけど、16 時はちょっと遅すぎです。計算すると、14km も歩いたことになり、自分でも調子に
のってる気がします。発端は、2 年前の東温アルプス。あのとき、片道 3 時間のアップダウンを往復できたことから
自信がついて、昨年の高月山、瓶が森、尻割山と、片道 3 時間超のコースが続いています。でもね、片道で 4 時間
近くかかっちゃうと、時間に追われてしまい、休憩する余裕がなくなります。このままでいいわけはありません。
次回からは、もう少し時間に余裕のあるコースを選ぶようにしましょう。

4 月 25 日 三越ライオン

東京 FC のサポーターである幼なじみが広島での試合のついでに寄ってくれるというので、松山の三越前で待ち合わせ。
ついでだろうと何だろうと寄ってくれるのは嬉しいですね。暇つぶしに銘板を読んだところ、こんな内容が書かれていました。



松山あたりなら深夜・早朝に「人目にふれないでまたがること」はできそうだけど、銀座や新宿の三越じゃどうなんでしょう。

ご利益が、「幸せになれる」といったものじゃなくて、妙に具体的なのも日本的です。そういえば、以前、大分の臼杵石仏で
みたご利益もとても日本的でした。



「リストラ除け」というのが泣かせます。

4 月 25 日 訪日客
日本人観光客ですら来ないような愛媛県大洲市の食堂に来た彼。Hot noodle を食べたいらしいけど、店のおばちゃんには
英語が通じず、双方、手詰まり状態。そこで、K島がお節介バワーを発揮。



聞けば、スウェーデンから 5 週間の予定で日本に旅行に来たそうです。日本語もほとんど話せない人が土地勘もない
ところをバイクで走って大丈夫かと尋ねたら、あらかじめその日のルートを登録したスマホをハンドルに設置しておけば
道に迷わないといいます。技術の進歩も彼の勇気も凄いなあ。

でも、スマホのルートには地元民も通らないような悪路が提示されています。大洲から長浜に抜ける県道で、鬱蒼とした
針葉樹林や荒れた山中を通るようなクネクネ・コース。何でこんなコースをスマホは提案するんでしょう。
今の技術の限界?
大洲から肱川沿いに長浜に抜け、そこから海を見ながら走る、安全で景色のよいルートを教えてさしあげました。

わが身を振り返ると、初めてのアメリカ旅行でレンタカーを借りて運転したのは 20 代のこと。土地勘もなければ
初めての左ハンドルに右側通行なんて、無謀さでは彼を上回ります。

今の自分には怖くてもうできないけど、若さってこういうことかと深く納得しました。


4 月 19 日 学び舎
過疎化の進む愛媛では学校の統廃合も進んでいます。おそらく、大都市圏近郊を除く、全国共通の動きでしょう。

統廃合により使われなくなった校舎を活用する取り組みが行われているのでご紹介します。

こちらは八幡浜の旧日土東小学校の木造校舎を活用したイタリアン・レストラン「やまっと学舎」。木造校舎、
なつかしいですね。私は町立小学校、都立高校で経験しています。





レストラン内はこんな感じ。



そして、3 月に尋ねたのが内子町の旧御祓(みそぎ)小学校の校舎を利用した「みそぎの里」です。こちらは
鉄筋コンクリートなので、現代風です。





こちらが面白いのは、各教室をテナントとして、床屋、整体、珈琲屋、カフェやものづくり工房などに利用していること。
何だか面白そう。さすがに皆さん、これで生活しているわけじゃなさそうなので、営業日は主に土日。よそから移住してきた
若い方が中心に活動しているようですけど、地元の人も気軽に立ち寄っているのが好印象です。

私が魅かれたのがこちらの「ぽたり珈琲」。家庭科室を珈琲屋として利用しています。あたり一面には、珈琲にまつわる
道具が多数あります。特に気になったのが手動式のコーヒーミル。Zassenhaus というドイツメーカーや Peugeot といった
フランスメーカーのちょっと古いミルが沢山おいてあります。





このコーヒー屋さん、古道具店でもあります。ちょうど、珈琲好きの友人が 3 月末で定年退職するというので、退職記念に
こちらのコーヒーミルを送ることにしました。そのつもりで、ミルの説明を聞いていたら、なんだか私の物欲に火がつきそう。
木工品で、機械式で、しかも国産・外国産があるなんて、魅かれるところばかり。現在、一生懸命、その火を消している
最中です。

ちなみに愛媛県じゃありませんけど、長崎県には旧校舎を活用した音浴館というのがあるそうです。レコードが
沢山置いてあり、聞き放題とのこと。いつか行ってみたいなあ。

4 月 19 日 サスペンション交換
車検の際、見積もりのあまりの高さから諦めていたサスペンション交換。修理工場といろいろ相談した結果、パーツ
持ち込みで、まずは前輪のサスペンションだけ交換してもらうことにしました。

修理工場の見積もりが高いのは純正部品の使用を想定しているから。インターネットで検索すると、OEM 部品なら
純正部品の半額以下で購入できます。普段お世話になっている修理工場、国産車を中心に軽自動車からトラックまで
扱っているような工場。そういう工場に無理にゴルフをお願いしちゃっているので、失敗するリスクのない純正部品を
手配するのは仕方ありません。じゃあ、そこのリスクは私が引き受けるからっていうことで相談し、持ち込みパーツで
交換をお願いすることになりました。もし、部品が合わなかったら、それは私の責任です。

以前、購入したゴルフ用のワークショップ・マニュアルを見ながら、アッパーマウント、ショックアブソーバー、
ダストブーツ、バンプストップラバー、スプリングシートを購入しました。

届いた部品をマニュアルと確認すると、なんだか形状が異なります。マニュアルには、カップリング・ロッドを取り付ける
ブラケットがショックアブソーバーに付いているのに対し、届いたものにはブラケットが付いていません。慌てて
修理工場に行きリフトで上げてもらって実車で確認したところ、ウチのクルマにはブラケットが付いていませんでした。
どうやら、同じゴルフでも高性能のものには強化型のショックアブソーバーが付いているようです。

フー、使えない部品を注文しちゃったんじゃないかとヒヤヒヤしました。自分で部品を注文するとこういうリスクが伴います。
そんなドタバタを乗り越え、交換は順調に終了。こちらが交換した部品です。



乗り心地?うーん、微妙です。よくなったと分かる部分はあるものの、ショックアブソーバーがまだなじんでいないせいか、
乗り心地がゴツゴツします。もう少し部品がなじまないと分からないかも。

上記は 2 月の話でした。交換したフロントに不具合もないようなので、今度はリアを交換します。駆動輪である前輪にくらべ、
後輪はサスペンション周辺に邪魔なものがないので、あっという間に交換終了です。こちらが交換した部品。



衝撃を吸収するブッシュが粉々になってますね。前輪を交換したときよりも、乗り心地はよくなりました。高速道路の継ぎ目を
通っても揺れが一発で収まるというか、安定感が増した気がします。

10万キロを迎えるにあたり行ってきたエンジン回り、足回りの部品交換も終了。これで、路上でエンコしちゃうようなことは
ないでしょう(ないといいなあ)。目指せ 16 万キロ。

4 月 19 日 またまたマダニ
ウチからクルマで 15 分ほどのところに諏訪崎の遊歩道があります。海の見えるイイ感じの遊歩道です。







暖かくなるとマダニがいるので、主に 1 月〜 3 月の寒い時期に、毎週のようにきています。平坦なコースに加え、息の
きれる長い階段や、膝に悪そうな階段を通るコースもあり、いい運動になります。

ちなみに、平坦なコースでは人と出会いますけど、上り下りのあるコースで人に出会ったことはありません。

少し暖かくなってきた 3 月末のこと、いつものように上り下りのあるコースを歩いてから帰宅しました。そろそろ暖かくなって
きたから、一応、マダニでもチェックするかと思い、ズボンの裾をめくってみたら豆粒のような黒点があります。
息子を呼んでルーペで見てもらったら、「足がついている」といいます。あちゃー、マダニです。

マダニに噛まれたら皮膚科でとってもらうというのが鉄則。実際、私も過去 2 回とってもらっています。だがしかーし、
日曜なので病院はやっていません。それに平日でも、過疎化の進む八幡浜市では皮膚科医院が不足しており、
市立病院でも毎日は診療していません。

やむをえず、息子にピンセットでとってもらいます。イテテテ。マダニがしっかりくいついてなかなかとれません。
以前、噛みつかれて血を十分に吸われたときは痛くなかったのにね。

頭部が残ることなく、無事にとれたものの、怖いのが感染症。毎年のように、お年寄りが亡くなってます。「お年寄り」って
人ごとのように言ってるけど、自分も「お年寄り」に片足を突っ込んでるんだよなあ。

その後、噛まれたところが水ぶくれになったものの、感染症は発症しませんでしたとさ。めでたしめでたし?

4 月 19 日 八幡浜自動車道
八幡浜と大洲を結ぶ自動車専用道路の一部が 3 月 18 日に開通しました。松山くらくる高速道路は大洲を経由して宇和島に
伸びており、八幡浜とはつながっていません。八幡浜と大洲をつなぐのがこの連絡道路でして、その一部が開通しました。
最終形である大洲での接続には、あと何年もかかるようです。

開通を前にファミリーウォークなるイベントがあったので、帰省中の息子と一緒に 6km の道を歩いてきました。
思ったよりも参加者が多いですね。やっぱり一生に一度のことだからでしょう。それに八幡浜にしては珍しく、若い家族連れが
多いかも。

高速道路から一般道に降りる道を逆にあがっていきます。







後はひたすらトンネルを歩きます。



結局、長いトンネルを抜けたらまた長いトンネルが続き、それを出たところが終点でした。トンネルウォークになっちゃい
ましたけど、貴重な体験ができました。

2 月 28 日 あなたは誰?
家の前の河原に何かうずくまっている動物がいます。猫にしちゃ大きいから犬かな。柴犬?





よく見たらタヌキでした。以前、裏山を歩いているときに遭遇したときは一目散に逃げていきました。今回は白昼堂々、
河原でくつろいでいます。毛づくろいしたり、居眠りしたり。くつろぎ過ぎのあまり、衰弱していると思われたらしく、近くの
電線にカラスが集まってくるしまつ。

カラスに目でもつつかれていたら嫌だなと思いながら帰ってきたら、既にいなかったので、無事に逃げたようです。
それにしても、ノンビリしすぎ!

ちなみにこの川、夜はイノシシがとおることもあります。八幡浜は自然が豊富(豊富すぎ)。

2 月 28 日 劇団オーガンス

内子町の内子座を活動拠点とするアマチュア劇団「オーガンス」の定期公演を八幡浜で行うというので見てきました。そもそも
演劇を見るようになったのは、2015 年に鴻上尚史さんの「虚構の劇団」を内子座に見に行ったのがきっかけです。それからは、
「虚構の劇団」の愛媛公演に必ず行ってましたが、残念ながら劇団は 2020 年にコロナ禍の中、解散。なので、演劇を
見るのは久しぶりです。



以前だったら、アマチュアの劇団を見たいとは思わなかったでしょう。でも、プロ志望の役者さんが中心の「虚構の劇団」と、
社会人中心のアマチュアの「オーガンス」では何がどう違うのかに関心がありました。それに、「オーガンス」の方たちは
内子座で鴻上さんのワークショップにも参加していたはずです。

当日、八幡浜の忠八ホールに行ったところ、席が半分ほどうまっており驚きました。映画会でも、これほどうまっているのは
珍しい。内子で普段見ている方も遠征してきていることを考えたら当然かもしれません。

見た感想は、「予想以上によかった」です。脚本がオリジナルかどうかは分かりませんけど、ちゃんとした演劇であり、
役者さんの発声・滑舌も劇団員レベルでした。上演時間が70 分ぐらいというのも絶妙な按配です。それ以上やろうとすると、
いろいろアラが目立ったり、観客(特に子供)も飽きてきたりするかもしれません。そうなる寸前に切り上げて正解です。

「虚構の劇団」の場合、2時間近く上演しますので、プロとアマの差は上演時間の差かもしれません。長ければ、観客が
飽きないような構成にしなければなりませんし、当然、役者が覚えるセリフの量も多くなります。その点、「オーガンス」は
自分達の力量にあった演劇をしているように見えました。

それにしても、普段、仕事をしている方たちがどのようなモチベーションで演劇をされているのか興味ありますね。

** これを書いている最中、「虚構の劇団」のことを公式サイトで確認していたところ、コロナ禍により上演できなかった
はずの解散公演が 2022年11月12日〜13日に愛媛で実施されていたことを知りました。もう上演されないものと諦めて
いただけにショックです。見たかったなあ。


1 月 15 日 宮本常一
現在、民族学者の宮本常一がマイブームです。

宮本常一の「忘れられた日本人」を読んだら、馬子が馬追歌を歌いながら峠を越えるはなしがでてくるので、はるか昔の人
だと思ってました。しかし、昭和56年没なので、昭和の一部を自分と共有しているんですね。

そんな宮本常一が監修していたのが、近畿日本ツーリスト・日本観光文化研究所の月刊誌「あるく・みる・きく」。この雑誌、
かつて岩手県田野畑村の吉塚公雄さんからいただいて、吉塚登志子さんのインタビュー記事は読んでいました。

雑誌を書籍化したシリーズ「宮本常一とあるいた昭和の日本」には東北編もあり、岩手県田野畑村も掲載されています。



今回、読んでみたら、以下の方のインタビューが掲載されており、情報量のすごいこと。佐々木マサさんと吉塚登志子さん
には実際にお会いしたことがあります。

鈴木ナオノ(島越)
佐々木マサ(菅窪)「大下のおばあちゃん」
熊谷つや(田代)
鍬形信子(西和野)
工藤房子(島越)
伊達年子
吉塚登志子(甲地)
石見久子

田野畑村は学生時代から何十回も訪れており、少しは知ったような気になっていたけど、何も知らなかったことが分かりました。

書籍は全 25 巻にわたり、日本各地が取り上げられています。愛媛県や近県のことも取り上げられており、知らないことばかり。



例えば、石風呂。岩窟や石積みの室の中で木を燃やして温め、その中に潮水を含んだ海草やむしろを敷いて暖まる、サウナの
ようなもの。テレビの情報番組で広島県竹原市忠海町にあることは知っていました。ところが、本によれば瀬戸内海沿岸
から九州にかけて存在しており、愛媛県今治市にもあったというから驚きます。

忠海町のものは現存していた唯一の石風呂だったようですけど、2021 年で営業をとりやめたそうです。本書で取り上げられている
日本各地の貴重な文化は現在進行形で消えつつあることを実感しました。

1 月 15 日 ほんとに令和?
初詣に宇和島の和霊神社に行ったところ、神社の前に露店が出てました。八幡浜近隣には露店がでるような神社仏閣はありません。





珍しいなと思いながら歩いていると、こんなのがありました。



昔は「ろくろ首」だの「ヘビ女」だのの見世物小屋があったことは本で知ってました。まさか、まだ残っていたとは、
本当に今年は 2023 年なんでしょうか。

1 月 15 日 土佐弁
宇和島付近の山に登ったら高知の人の土佐弁が新鮮だったというはなしは、「日々雑感(2022)」でしました。このはなしを正月に
親戚の集まりでしたところ、面白いことを聞きました。

「(あなたは)肉が好きだからカレーにしてあげるね」を高知の人が言うと、「肉が好きやき、カレーにしちゅう」になるんですって。
さて、できあがるのは「すきやき」、「カレー」、「シチュー」?